2007
10.20

希望

人間には「第二の誕生」がある。お母さんから生まれたときを「第一の誕生」としたら、自分が自分自身の羽で飛び始めるときである。「成長」の時だから、いっぱい「悩み」があるものです。走れば「風」を受ける。山に登れば息が切れる。それと同じように、成長しているから「悩み」がある。「希望」と「悩み」との戦いが、青春時代です。自分の心の中で、どっちが勝つか、その競争です。

2007
10.17

人間の尊厳を踏みつける悪を目(ま)の当たりにしながら、怒りもない。声も出せない。行動も起こせない。それでは、もはや「活火山(かつかざん)」となって、叫ばなければならない。戦わなければならない。平穏に生きるだけでは、自分の「歴史」はできない。それでは何のための人生かわからない。声があり、耳があり、口があり、頭がある。すべてを極限まで使いきってこそ、真の「人間」となる。

2007
10.15

いかなる困難があろうが、一つ一つ、地道に、順番に積み上げて、努力し、そして待つことです。希望を決して失わずに、時を知り、時をつくり、時を待つことです。必ずや、勝利の時は訪れます。

2007
10.14

真実の同苦は、ただ、苦悩を分かち合い、ともに嘆き悲しむことだけでは終わらない。また、単に、同情と慰めの言葉だけに終わるものでもない。まことの同苦の人には、人びとの苦悩の解決のための果敢な行動がある。慈悲から発する、何ものを恐れぬ勇気がある。そして、不屈の信念の持続がある。

2007
10.14

物語を生きる と 物語を活かす

この世界は、悲惨なほど、伏線に縛られている。
全ての現象に、意味があり、偶然の物は何もない。
前に為した事を繰り返し、他に為した事が跳ね返る。

その世界に、二つの次元から、関わる者がいる。
ひとつは、伏線に捕われている、世界の中の人物。
ふたつには、伏線に囚われてない、世界の外の人物。

彼らは、相互に働きながら、世界を導いていく。
協力して、彼らが進める限り、世界は続いていく。
しかし、後者までが縛られると、物語は終りになる。

というのも、否定するほど、空虚なものになり、
無意識の内に、息吹きを、与えられなくなるから。
裏を返せば、読めなくなる処が、囚われている所と。

表に囚われないために、裏も見せることにする。
ひとつは、概念を整理する、光を司る世界であり、
ふたつには、比喩を実感する、型を司る世界である。

欲を司る世界に躓いたら、裏を良く見ることだ。
表と裏が平等に見えるほど、囚われが落ちていく。
見とめられると、究極の真実を、認められるだろう。

最後の章で説いている、最高の秘密を解いてほしい。

経験知
一 導者とは、話に生きる者のこと(dousha)
二 読者とは、話を活かす者のこと(dokusha)
三 導者なき読者は、話に慣れない
四 読者なき導者は、話に成らない
五 第一部は、光を解する界のこと(hokkai)
六 第二部は、型を感じる界のこと(sikikai)
七 第三部は、欲を重ねる界のこと(yokukai)
八 囚われていると、辿れなくなる
九 最初の方は、物語は架空である
十 最後の方は、物語は現実となる

覚醒の書
導者 … 世界を導いていく、架空の人物(leader)
読者 … 世界を導いていく、現実の人物(reader)

羯磨の書
法界 … 光が生じて、世界を解する(arupa dhatu)
色界 … 型が生じて、世界を感じる(rupa dhatu)
欲界 … 欲が生じて、世界を重ねる(kama dhatu)

解脱の書
自問自答 … 世界の中に、生を受けている自分が
世界の外で、活を与えている自身に
ひとつ上の自分に、問い掛けること