希望
星期六, 10月 20th, 2007人間には「第二の誕生」がある。お母さんから生まれたときを「第一の誕生」としたら、自分が自分自身の羽で飛び始めるときである。「成長」の時だから、いっぱい「悩み」があるものです。走れば「風」を受ける。山に登れば息が切れる。それと同じように、成長しているから「悩み」がある。「希望」と「悩み」との戦いが、青春時代です。自分の心の中で、どっちが勝つか、その競争です。
人間には「第二の誕生」がある。お母さんから生まれたときを「第一の誕生」としたら、自分が自分自身の羽で飛び始めるときである。「成長」の時だから、いっぱい「悩み」があるものです。走れば「風」を受ける。山に登れば息が切れる。それと同じように、成長しているから「悩み」がある。「希望」と「悩み」との戦いが、青春時代です。自分の心の中で、どっちが勝つか、その競争です。
人間の尊厳を踏みつける悪を目(ま)の当たりにしながら、怒りもない。声も出せない。行動も起こせない。それでは、もはや「活火山(かつかざん)」となって、叫ばなければならない。戦わなければならない。平穏に生きるだけでは、自分の「歴史」はできない。それでは何のための人生かわからない。声があり、耳があり、口があり、頭がある。すべてを極限まで使いきってこそ、真の「人間」となる。
いかなる困難があろうが、一つ一つ、地道に、順番に積み上げて、努力し、そして待つことです。希望を決して失わずに、時を知り、時をつくり、時を待つことです。必ずや、勝利の時は訪れます。
真実の同苦は、ただ、苦悩を分かち合い、ともに嘆き悲しむことだけでは終わらない。また、単に、同情と慰めの言葉だけに終わるものでもない。まことの同苦の人には、人びとの苦悩の解決のための果敢な行動がある。慈悲から発する、何ものを恐れぬ勇気がある。そして、不屈の信念の持続がある。
希望を捨てない人には、いかなる困難にも負けない強さがある。しかし、希望を失えば、人生は闇だ。絶望は精神の死に等しい。青年は常に希望をいだき、希望とともに生きていくことだ